車に乗ったら賛美タイム♪

長い間東京に住んでいた私にとって、岡山って、どこに行くにも、距離があるな〜と思います。車は必需品ですね。

岡山に来たばかりの頃、東京に住んでいた頃の距離感と、岡山の距離感の違いに戸惑ったものです。

地元の人に道を尋ねて、「〇〇の角を曲がって右側」と言われたとします。その、「〇〇の角」が、東京の感覚だと、すぐにあるはずなのですが、岡山だと、行けども行けどもその角がない。間違えたのかとまた別の人に尋ねると、まだまだ先だったりするのです。

もしかしたら東京の距離に対する感覚が違っていて、全国的には岡山のような感覚が普通なのかもしれませんが‥。

 

最初に移住したのは和気町ですが、道を歩いている人ってあまりいなくて、みんな車で移動している印象がありました。自宅からお店までベビーカーを押して買い物に行っている人をあまり見たことがありません。東京だと、駐車場はやたら高いし、道も混んでいるし‥ということで、ベビーカーを押して地下鉄を乗り継いで移動している人を結構見たものですが‥。岡山にはエレベーターがある駅も少ない気がします。ベビーカーで電車に乗ることもほとんどないんでしょうね。自転車に子どもを乗せて移動するお母さんも、東京に比べると格段に少ないように思います。東京では、かなりの距離を移動する強者のママさんを見かけたものですが‥。

 

子どもを乗せて車であちこち移動する機会が増えて、往復1時間とか2時間とか、結構な長い時間を車で過ごす。特に、和気町に住んでいた時はそうでした。どこに行くにも遠い‥‥。息子の療育の機関に通うため、毎週岡山市に行ったり、時には倉敷市に行ったりしていたので、本当に「車に乗っているだけ」の時間が長かったです。

「ママ、まだ〜???」」とか「疲れた」とか、よく子どもに言われました。特に帰り。私自身も、「あ〜遠すぎる‥」とか、車に乗ることに飽き、疲れ切っていたものです。子どものイライラはお菓子でごまかしたり、途中、まるでサービスエリアに寄るように公園に寄ったり‥。

何か、その時間、もったいないなーと思っていました。童謡を歌ったり、クイズしたりしていましたが、本当に無駄な時間に思えました。

 

そして信仰を与えられた今、車での移動時間、何をして過ごすかといえば、以前も書きましたが、そう、賛美です!

下の子もだんだん賛美歌を覚えてくれるようになり、好きな賛美歌は気合い(!)を入れて歌っています。

 

先週の連休に、夫が岡山に来たのですが、往復2時間くらいかかるところに移動した際、私と下の子で歌いまくりでした。

 

賛美すると、心が晴れ晴れしてくるし、気持ちいいし‥。下の子は、歌を歌うのが大好きになりました。

車に乗ると賛美、がだんだん習慣?のようになって来ました。

 

自閉症である息子は、小さい頃は歌が大好きだったのですが、だんだんと歌わなくなり、私が信仰を持って賛美歌を歌いまくるようになってからも、一緒に歌うことはほとんどありませんでした。学校で覚えた歌を歌ったり、自作の変わった歌を歌うことはあったんですけどね。

 

でも、最近、急に、息子も賛美歌を歌い出すようになりました。

9月から、RAPTさんのブログでアップされている愛媛の教会の礼拝の賛美を、よく家でかけるようになったせいなのか‥。愛媛の教会での賛美歌を覚えて歌っています。

でも、それまでも、別の賛美歌を延々とyoutubeで流していたし、私も歌っていたのですがね。

 

 

愛媛の教会の賛美、本当に素晴らしいです!

それまでRAPTさんのブログで紹介されてきた、賛美歌が歌われているのですが、ものすごく‥素晴らしいです。

歌が苦手で、カラオケも苦手だった私が、賛美歌を歌うのが大好きになるとは、自分でも本当に信じがたいですが‥。

声も、信仰を与えられた今の方がよく出るようになりました。

歌って、神様を賛美するためにあるんだ、としみじみ思いますし、歌を与えてくださった神様にただただ感謝です。

心がどんどん軽くなり、空気までどんどんきれいになります。もし、心がよくない考えに囚われそうになったり、答えのない悩みの中にいる方は、試しに賛美歌を歌いまくってはと思います。

こちらは、信仰を与えられる前から、不思議と賛美が大好きだったという方の証の記事です↓

RAPTブログ読者の証言〈VOL.22〉様々な強迫観念を仏教やスピリチャル系で癒そうとするも癒やされず、RAPTブログとの出会いで癒された30代女性。

皆さんも、愛媛の教会の賛美、ぜひ聴いて見てください。1ヶ月1500円、有料ですが、RAPTさんの御言葉は毎日アップされていますし、ただで宝物をもらっているような感覚になります。

愛媛の教会での礼拝の内容は、RAPTさんのブログの有料記事の中からアクセスできます。

一人でも多くの方が神様の愛に出会えますように。