不思議に楽しい日

午後、子どもたちと、お気に入りの公園に行こうとしていた時。

日曜日はあまり会わない、近所の子ども達が走り回って遊んでいるのに出会いました。

なので、急遽予定変更して、近所で遊ぶことに‥。

急な変更が苦手な息子が、ブツブツ呟いていましたが、下の娘は早速遊びに入ってしまったので、「しばらく遊んで気が済んだら公園に行こうか」と話しました。

その後も、ブツブツしばらく文句を言っていた息子。「あと何分?(で公園に行くの?)」ばっかり繰り返して、ちっとも『この場』を楽しもうとしない。そういえば、この前もそうだった‥と、別の友人宅の近辺で遊んだ時のことを思い出しました。お散歩をしている最中に、たまたま、お友達と会い、突如遊ぶことになったことに対して、気持ちが切り替えられなかった息子。その時は、とうとう最後まで(結構な長時間)楽しむことが出来ませんでした。「自分で遊びを見つけたら?」とも言いましたが、見つけられなかったようです。

今日も、ずっと「公園に行く」「あと何分?」ばかり、繰り返しているので、息子が、何か究極に時間の無駄遣いをしているように見えてしまいました。予定が変わったことで、気持ちが切り替えられず、その時間を大事に使うことが出来ないのですね。

 

息子が大好きな自転車に乗ることを促しても、最初は乗り気ではありませんでした。でも別の遊びに誘っているうちに、自転車も乗り出し、縄跳びもやり出しました。

結局、子ども達の遊びにも、全部ではないけれど、混じって遊んでいました。その上、知らないうちに、高学年の女の子に抱っこしてもらっていました(!)。それも二回も‥。(相当重いと思います)

しつこく「あと何分?」「公園行きたい」と言わなくなり、ほっとしました。

 

そして暗くなってみんなとバイバイする時に、「楽しかったね!」と言った息子。

 

私も、近所の子ども達と縄跳びで遊んだのですが、何か出来事一つ一つが、なぜかとても楽しく嬉しく感じました。不思議に楽しい時間でした。

 

以前住んでいた地域は、同じアパートに仲良くしてくれる避難・移住者もいたし、大家さんもとても親切で、歩いてすぐの場所に助けてくれる地元の人もいて‥とても良い環境でした。でも、どうしてなのか、息子は近所の子ども達からは蔑まれて、時々、いじめらしきこともあり、いつもいつも、バカにされていました。そのことを心配して、色々と助けてくれた友人達もいましたが、正直、根本的には改善されなかったな、と思います。もちろん、友人達のせいではありません。

 

引っ越してきたこの地域でも、きっとそういうことは少なからずあるだろう、と、普通のお子さんとの関わりを避けるようにしていました。どうせまともに遊べないだろう、嫌な思いをするだろうと思っていました。

息子の進路を考えて引っ越したけれど、引っ越す前は、とても不安だったのです。避難・移住者も以前のようにすぐ側にはいないし、周囲は初めて会う人ばかり、地元の人ばかりなので、一体どうなるのだろうと、とにかく「うまくやらなければ」なんて、考えていました。

 

でも、実際は全然違っていました!本当に良くしてもらっているな、と今日改めて思いました。

とにかく、息子に対して、蔑みの態度を感じないこと、それが本当に嬉しいことです。

近所の方は、私にまでよくしてくれます(涙)。色々もらい物もするし、今日は、子どもを見ていてあげるから、買い物行ってきていいよ、と言われました(涙)。福島に住んでいたわけでもないのに、(ありもしない)放射能を逃れてきたという、ともすれば不思議に見える母子家族、しかも障害児もいるのに‥とても親切にしてくれます。

 

そして、今住んでいる地域の物件を探したとき、本当にここしか、入居できる物件がなかったことを、時々思い出します。

直前に別の人に決まったと言われたり、小さい子か中学生がいる家族は断る、という大家さんだということで断られたり‥。

信仰を与えられる前でしたが、この物件に導いてくださったのは神様だ、と今本当に思います。

こんなに安心して暮らしていけるのは、神様のおかげだと思います。

神様は、信仰をお与えになる前からずっと、私たちを導いてくださっているそうです。

自分の人生を振り返ったとき、これも、あれも、神様のお導きだったのかもしれない、ということが多々あり、感慨深く、驚きます。

 

そして、信仰って、神様に出会って、信じるようになり、救われて、あ〜よかった、で終わり、じゃないんですよね。

毎週、教会に行って、賛美して礼拝して、‥それで天国に行けるわけではないそうです。

ものすごい狭き門だなと思います。RAPTさんのブログこそ、本物の信仰への道です。

 

RAPTさんのブログに出会うまで、全然知らなかったのですが、神様は、与え、奪う方なのだそうです。

そうすることにより、私たちを鍛錬してくださり、成長させてくださる方なのだと思います。なので、今与えられている恵みを、捨てる日が来るのだろうと感じています。

以下の聖句をもっと悟れますように。

 

ルカによる福音書第14章25節から27節、33節

「大勢の群衆が一緒について来たが、イエスは振り向いて言われた。『もし、だれかがわたしのもとに来るとしても、父、母、妻、子供、兄弟、姉妹を、更に自分の命であろうとも、これを憎まないなら、わたしの弟子ではありえない。自分の十字架を背負ってついて来る者でなければ、だれであれ、わたしの弟子ではありえない。・・・だから、同じように、自分の持ち物を一切捨てないならば、あなたがたのだれ一人としてわたしの弟子ではありえない』」

マタイによる福音書第16章23節から25節

「イエスは振り向いてペトロに言われた。『サタン、引き下がれ。あなたはわたしの邪魔をする者。神のことを思わず、人間のことを思っている。』 それから、弟子たちに言われた。『わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために命を失う者は、それを得る』」