本当の姿

私の職場は福祉関係です。

ある時、ある職員が、ご利用者に暴言を吐いていたことが発覚しました。

職員間の申し送りノートには、誰が暴言を吐いていたかは伏せて書いてありましたが、私は、誰のことなのか、なんとなくピンと来てしまいました(そしてそれは当たっていました)。

その職員は、普段は、別段変わったところはありません。私たち同僚にかける言葉も、私たちの前でご利用者にかける言葉も態度も、特に問題はありませんでした。冗談も言うし、色々とフォローしてくれる優しさもあったと思います。

けれど…けれど、何か、怖い一面があるように感じていました。

 

そんなふうに感じるのって、不思議だなとも思います。

でも、表面だけ取り繕っても、本当の姿は伝わってくるんだなと思いました。その人が何を話しているのかとか、親切そうな、優し気な態度とかは関係ないんだと思います。

いくら隠しても、本当に優しいのか、善人を装っているのか、親切なのか、事なかれ主義なのか、意地悪なのか…etc.etc.、伝わってくるんだなと思いました。

 

人間にも伝わってくるのだから、神様からは本当に明らかに見えるんだろうなと思いました。

 

でも、その暴言を吐いていた職員自身にも、自分の嫌な面、ブラックなところは、本当は見えているんじゃないかと思います。

もしかしたら、自分でも苦しんでいるかもしれません。

神様は、そういう部分を責めることはしないで、悔い改めることを教えてくださり、正しい方向に導いてくださるんですよね。

私が今まで触れてきた教育システムは、責めることばっかりだったように思います。あるいは、諭されても、頭ではわかっても、自分だけの力で治すのは難しくて、自分でも嫌になったり落ち込んだり…。

 

神様にお祈りすると、本当に悔い改めると、自分の感情を委ねると、導いてくださいます。

子ども達も、小さい頃から神様にお祈りすることを教えてもらっていたら、本当に違うだろうなと感じます。

子ども同士の人間関係も、人間が考え出した教育や理屈では、真の意味で良くなることはないだろう、とつくづく思います。

 

暴言を吐いた職員も、神様に出会えたら、変われるだろうな…と思います。

 

私自身も、ごまかさずに、私の本当の姿をきちんと見られるように、一点の曇りもなく、清く純粋な心を持てるように、日々神様に祈り求めて、努力していきたいと思いました。