悪魔の鏡のかけら、心のとげ

先日の記事に書いた、アンデルセンの童話「雪の女王」に、悪魔がつくった鏡のかけらが割れてしまい、世界中の人々に入ってしまったというエピソードがあります。

登場人物のカイの心にもそのかけらが入り、優しかったカイの心が冷徹になってしまいました。

その悪魔の鏡のかけらのようなもの、とげのようなものって、実際に周囲の人の中にも感じることがありませんか?

いくら優しげな言葉を話していても、そのとげのようなものを一瞬でも感じないで済む人は、今までの私の人生で出会った人の中には、誰もいなかった…と思います。もちろん、私の中にもそのとげがあることを感じていました。

 

社会に出てからは、そのとげのようなものをもっと感じるようになりました。

小さい頃、また学生の頃には、先生や親など、周囲の大人から、「人には思いやりを」「困っている人は助けてあげる」「意地悪や陰口は良くない」etc.etc.いわゆる道徳的なことを言われ続けてきたのに、少なくとも私が働いていた世界では、その真反対が行われていました。

競争、競争で、人を蹴落とすことばかり。私も、周囲に合わせるようになり、ずるをすることを覚え、人の失敗を喜び、他人よりも上の地位に行くことを望むようになりました。

でも、だんだんと、周囲の人すべてが敵のような職場に身を置くことに、またこんなことをし続けなくては食べていけないのかと、精神的に参ってきてしまったのです。

 

かといって、プライベートの時間に恋人や仲の良い友人と一緒にいても、やっぱりどこかで、とげのような、何か鋭い嫌なものがあることを、感じていました。いくら優しそうに見えていても、何かのおりに、その鋭い、とげのようなものを発見してしまうのです。どうしてもどうしても、100%は信頼することができませんでした。

 

寂しく、孤独で、とても絶望的な気持ちでした。そのようなことを恋人や友人に話しても、そこまで深刻に感じていないようでした。「誰にでもいいところもあるし、悪いところもあるものだ」と言われました。

でも、私は、そのとげがあることが、どうしてもどうしても、耐えがたく、嫌だったのです。誰と一緒にいても、何か100%は安堵できなかったのです。しかも、そのとげは、自分にもあるのです!

 

結局その精神的に過酷な職場は辞めて、しばらく将来について考え直していた時期があります。その時に色々な本を読んでいました。

哲学、心理学、ニューエイジ、宗教関連、農業や自然回帰的な本、etc.etc.…。宗教団体にはかなり抵抗があり、近寄る気持ちになれませんでした。どの本を読んでもわかったようなわからないような、曖昧としていて、私の悩みを根本的に解決するようなものではありませんでした。学生の頃尊敬していた、キリスト教徒だった先生に会って話を聞いたりしましたが、その時は、主キリストには出会えませんでした。

私はその、常々感じていた、とげのような嫌なものの正体と、それをどうしたらなくせるのかを知りたかったのですが、読んだものの中からは、自我とか、エゴという概念しか、結局発見出来ませんでした(その後、相当さまようことになるのですが…)。

 

RAPTさんのブログに出会ってからは、そのとげの正体は、悪魔だったんだ、とやっとわかりました。

振り返ると、そのとげのような何かは、人の感情とは思えないような、強烈な憎しみというか、本当に邪悪に感じるものでした。それが人間の中にあると思っていたのですが、私たちのそばに悪魔がいて、そのような想念を送ってきていたのかもしれない、と今では思っています。

私が感じていたのは、本当に人にそこまで強烈な悪があるだろうかというような、邪悪な何かなのです。例えば周囲の人が何か私を傷つけるような言葉を言ったとすると、その言葉の背景に、強烈な、マイナスな感情というか、念というか、本当にぞっとする、悪い何かを感じていたのです。

 

日本には悪魔という概念が浸透していません。私も、小説や絵本や、映画やテレビなどを通してしか知らず、それが実在するとは知りませんでした。

でも、悪魔、悪霊は、確かに存在します。そして、神様の霊も、私たちのそばにいてくださるのです。

以下のような聖句があります。

 

―私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗闇の世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。

ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。

では、しっかりと立ちなさい。腰には真理の帯を締め、胸には正義の胸当てを着け、足には平和の福音の備えをはきなさい。

これらすべてのものの上に、信仰の大楯を取りなさい。それによって、悪い者が放つ火矢を、みな消すことができます。

(新約聖書 エペソ6章12~16節)

 

悪魔がどのような存在か、そして私たちが本当の神様から引き離されてきた事実、戦うべき相手は悪魔だということ、悪魔の作った世の中に騙されてきたことをを知ったら、本当にあなたの人生が変わります。

 

ぜひぜひ、RAPTさんのブログを読んでみてください!

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