性格は変えられる~「nobody’s perfect 完璧な親なんていない」の嘘

冬の画像サンプル-雪山・結晶(4月15日9時45分加筆・修正)

数年前、その当時よくおしゃべりしていた女性から、「アナと雪の女王」を見た感想を聞いたことがあります(ネタバレあります)。

彼女は、あの有名?な主題歌「ありのままで」がバックに流れ、魔女であるエルザがお城を飛び出して、山奥へと一人向かっていく場面に、いたく共感したと話していました。「ありのままの自分でいい」とエルザ自身が思えたところに、とても感動したそうです。

その歌詞とは…以下になります。こちらより引用

『降り始めた雪は足跡消して
真っ白な世界にひとりの私
風が心にささやくの
このままじゃダメなんだと

とまどい傷つき
誰にも打ち明けずに悩んでた
それももうやめよう

ありのままの姿見せるのよ
ありのままの自分になるの
何も怖くない 風よ吹け
少しも寒くないわ

悩んでたことが嘘みたいね
だってもう自由よ 何でもできる
どこまでやれるか自分を試したいの
そうよ 変わるのよ私

ありのままで空へ風に乗って
ありのままで飛び出してみるの』

そしてその時、私はまだその映画を見ていませんでした。後に、youtubeで無料配信していたのを見てみて、「ふ~~~~~~ん……」と無言になってしまいました。その時の私の感想は、「お金払って見なくて良かった!」。

魔法が使えることを隠していたエルザが、魔女であることを隠さないで、ありのままの自分、魔女のままで、一人山奥で生きていく時の歌なんだ、と初めて知りました。

その感動したという女性は、エルザが、自分のありのままの姿を認めて、自分に対して肯定的な気持ちを持ち、生きていこうとしたところを評価をしたのかな、と思います。

その当時は、本当の神様に出会っておらず、聖書を知らなかったので、魔女だの魔法が、神様の怒りに触れることであることとはつゆ知らず…。ただ、なんとも腑に落ちないと言うか、すっきりしないストーリーだなと思いました。世間であれだけ大騒ぎするほど価値のある映画なんだろうかと思いました。しかも、ありのままの自分を認めた後は、一人で山奥にこもるというその展開…???でした。妹とケンカ別れしたままだし…どういうことか!?と。

で、この「ありのまま」っていうこと、本当に蔓延している?ように感じます。みんな違ってそのままでいい、同性愛者に対してもありのままでいい、そのままのあなたで価値があると。とにかく、何に対しても寛容で、何でもOKとするのが流行っているように感じることが多いのです。

しかし、本当にありのままでいいんでしょうか?

その女性とよく会っていた頃の私は、自閉症の息子のことで悩み、息子を叱ってばかりの毎日で、こんな迷ってばかりの、「ありのままの私」をどうしても好きになれませんでした。社会的に認めがたい行動をする「ありのままの息子」のことも、どうしても受け止められませんでした。

息子を怒ってばかりの自分を肯定したら、心がもやもやと曇ってしまうような気がしていました。このままでいいわけがない、でもどうしたらいいか、わからない…そんな日々でした。

RAPTさんのブログで本当の神様に出会い、聖書を読むようになり、色々なことが見えてくるようになりました。やっぱり、「ありのままでいい」ということではないんだと。

神様は私たち人間を愛されているけれども、清くなることを望まれています。例えば、以下の聖句があります。

 

-あなたがたの神、主である私が聖であるから、あなたがたも聖なる者とならなければならない。
(レビ記19章2節)

-あなたがたを召してくださった聖なる方にならって、あなたがた自身も、あらゆる行いにおいて聖なる者となりなさい。(ペテロの手紙 第一1章15節)

 

 

清く生きるなんて、聖なる者となるなんて…一体どうやって!?と思いますよね。私も、RAPTさんのブログを読まなかったら、最初から無理だとあきらめていたと思います。

実際、自分ひとりの力では、この世で清く生きるのはとても困難なことです!

しかし、聖書を読み、主に日々祈ること、聖霊を受けることで、だんだんと、少しずつ少しずつ、変わることが出来るのです!

そして実際、清く生きる方が、ずっとずっと、心が楽になる…と感じています。

小さい頃から、「性格は変わらない」とか、「親から性格を引き継ぐものだ」「人間だから不完全で当たり前」などという説を、家庭や学校、ありとあらゆる場所で、聞かされてきました。私は、性格って、変えられないものだと思っていました。でも、なんという希望でしょう、神様は矛盾した性格を変えなさいと言っておられるのです(RAPTさんの有料記事より)。

私は周囲の人から「悲観的」な性格だと言われてきました。心配性などとも。しかし、今は…「楽観的」になりつつあります。自分でそれがよくわかり、自分のことがだんだん好きになってきました。本当に、心配したり悩むことがなくなってきました…なんという変化でしょう!「ありのままの自分」を好きになることが出来てきたのです。

ぜひ、RAPTさんのブログを読むことをおすすめします。ひと月にたったの800円、本当に何よりおすすめです!

 

 

「nobody’s perfect~完璧な親なんていない」という、育児講座があります(全国に広がっていて、自治体や団体がNobody’s Perfect 日本センターというところに申し込んで開催する仕組みになっているようです)。息子に怒ってばかりだった私は、その『完璧な親なんていない』というところに惹かれて講座に出てみたかったのですが、縁がなくて参加出来ませんでした。

でも、これと似たような講座に出てみたり、周囲のお母さんたちと育児について話したりして、いくら、ありのままでいい、育児は大変なんだから、親だって感情があるんだから…という話を自分に言い聞かせても、何か引っかかって、自分のことを肯定的に捉えることが出来ませんでした。

やっぱり良心に引っかかること、自分の悪いところは好きになれないんだなと思います。

 

「nobody’s perfect~完璧な親なんていない」のサイトには、下記のようなロゴがありました。↓

CCC コミュニティ・カウンセリング・センター

 

 

Cは、どうやら、6を意味するとのことです。以下のRAPTさんのブログの記事をどうぞご覧ください。

RAPT×読者対談〈第112弾〉現代科学の知識はどこまで本当か。

CCC=666、聖書における獣の数字になります。

 

そして、「nobody’s perfect」って、カナダ生まれの親教育支援プログラムなんですね!以下のRAPTさんの記事を読んだ後は、どうりで…と思ってしまいました。「nobody’s perfect」も、悪魔的な教育の一環なわけです。

 

RAPT×読者対談109 カナダは次の秦氏=ロスチャイルドの拠点となる。

 

 

そして、冒頭のアナ雪の主題歌、「ありのままで」ですが、聖書に出会った今、読んでみると、見事に、「神様不在」ですね。

自分の力だけで生きていくと。まさに、自分が「神」となり、悪魔的な展開です。それに、魔術を使うことは神様が禁じておられます↓

-あなたのうちに自分の息子、娘に火の中を通らせる者があってはならない。占いをする者、卜者、まじない師、呪術者、呪文を唱える者、霊媒をする者、口寄せ、死人に伺いを立てる者があってはならない。(申命記18章10、11節)

 

以下の動画は、魔術に関わっていたけれどクリスチャンになったジョン・ラミレスの動画です。魔術に関わることがどんなに自分の身に不幸をもたらすか、なぜ神様が魔術を禁じているか、よくわかります。

映画や絵本や小説に、なんと魔術が軽々しく題材として使われていることでしょう。占いも何気なく生活の中に入り込んでいます。それらとの関わりを断つ方が賢明です。

 

先日、トルストイの絵本を記事に載せたのですが、久しぶりに以下の本も読みたくなり、注文してしまいました。

 

イワンのばか(トルストイ著)